| セルフカットする人々 |
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最近は髪の毛をセルフカットする人が多いらしい。それも男の子だけでなく女の子もだそうだ。自分の好きな髪型に出来るし(理論上)、美容院や床屋に行くお金が浮くというのが人気の理由らしい。さて、セルフカットは本当に安上がりなのか?これは実体験を基づいた僕の研究である。 |
| 最初に結論を言ってしまえば |
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セルフカットはちょびっと損である。こういうと反論がでるかもしれない。「ハサミさえあれば済むから得に決まってる」と。僕の友達にはセルフカット派が多く、中にはセルフ歴10年以上のツワモノもいる。彼はすごく上手で、まるで表参道あたりの美容院にいったように見える。彼のようなベテランになれば確かにセルフは安上がりなのであろう。僕がいいたいのは、セルフ初心者の場合である。 |
| 初体験 |
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実は美容院不信の時期があり、僕もここ半年ばかりはセルフカットをしていたのである。まずハサミを買ってくる。僕が買ったのは普通のハサミとすきバサミのセットで2000円前後とお得なもの。当然最初はうまくいかないが、すきバサミの使い方になれてくると意外とうまくなってくる気がする。(あくまでも気がする、だ)。翌日シャワーを浴びてスタイリングしてでかける。誰かに昨日セルフしたことを告げる。たいてい「結構ウマイやんか」と返事がかえってくる。しかしこれに甘んじてはイケナイ。夕方を過ぎると、スタイリングが崩れてくる。駅のトイレで鏡を見る。かなり変だったりする。セルフの場合全体的なスタイルはうまくいっても、細部の処理が甘い。とくに髪が硬い人(僕も)は毛先の処理が重要なのでなおさらだ。家に帰ってシャワーを浴び、ふたたび鏡を見る。「なんだやっぱりうまくまとまってる」と、また安心する、その事に気づかなければ・・・しかし気づくのに時間はかからない、横から見ると変だということ。鏡の前で合わせ鏡をしてみる。前から見ると自然だと思われた部分が、横から見るとすごく変だ。僕の場合は頭頂部が平らになっていた。これじゃあ、板前だ。こうして希望と絶望のあいだ、冷静と情熱のあいだでセルフカット一日目は幕を閉じる。 |
| 泥沼に |
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かなり深刻な顔つきで板前の一日は始まる。昼間はずっと上の空である。「早く夜になれ」と思っている。帰宅すればお風呂へ直行だ。馴れたせいか装備は昨日より軽い。服に毛がついて大変だったので、今日は裸になってみた。これなら最後にシャワーで流すだけだ。毛のことを心配しなくて済むので、昨日よりハサミがすすむ、チョキチョキと。なんとか手探りで頭の前後方向の平らを消そうと試みる。合わせ鏡も登場だ。(1時間後)「お、うまくいったぞ。これでもう板前とは言わせない(自分で言ってるだけだが)。やっぱ僕ウマイ?」と一人悦にひたり、鏡に直面する。「・・・今度は前から見ると変だ・・・。」こうなるともう泥沼である。見た目を気にするあまり前から横から前から横から、とくりかえし切ってゆく。気づいたときには頭頂部の髪は瀕死状態だった・・・。 |
| 家族に被害 |
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その夜は枕を濡らしたことはいうまでもない。しかしセルフの被害はそれだけに収まらなかった。ベットに入り枕のはじを噛んでいると、階下で奇声が響いた。妹の声だ。勘のいい人ならもうお気づきであろうか、もちろん奇声の震源地はお風呂である。聞くところによると洗い場が洪水状態だったそうだ。「目をつぶって髪を洗っていて、気づいたらこうなっていた。」妹は語る。原因はもちろんアレである。そう、セルフの髪の毛が排水溝にからんでいたのである。大まかに掃除したはずだったが、髪の毛あなどりがたし。こうして風呂場に大量の髪の毛が絡みつくホラー映画もどきの夜は更けてゆく・・・。 |
| ジェダイの復讐 |
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それから2ヵ月が過ぎ、髪の情勢は大きく変わった。切り過ぎてしまった毛が伸びてきたのだ。毛が伸びることがこんなにうれしかったのは今までに無かったので、「ある意味でセルフカットは僕に一種の『気づき』を与えてくれたのかもしれない」と無理に考えてみる。しかし敵もさるものである。伸びっぱなしの毛は板前の時よりもさらに不自然な形をした山脈を僕の頭頂部に作り出していたのである。さてここで「セルフかプロか、それが問題だ。」と自問する。僕は当然セルフを選んだ。この頃までには僕はインターネット等で情報を仕入ていて、「セルフカットは一気に切るな。少し切って数日おいて、おかしかったらまた切れ」という大原則を守る自信があったのである。「安らかにお眠りください。二度とあやまちはくりかえしませんから。」という広島原爆慰霊碑の文句を暗唱し、僕は再び鏡の前に立った。今度は毎日ちょっとづつ。よし、今度はうまくいった。しかしこのとき東京の夜の気温は0度を下回っていた・・・。 |
| 人類はなにを学んだのか |
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その後3日ほど寝込んでしまった。連日寒い風呂場で裸でカットしたからだろうか。風邪をひいてしまったのである。一方で髪型はまあまあの出来である。たしかに同じあやまちは繰り返さなかったが、風邪はひいた。言ってみれば戦争が終わったのに今度はペストが蔓延したようなものである。三十年戦争後のヨーロッパに似た状況。やはり歴史は繰りかえすのか? |
| そして伝説へ |
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ようやく風邪が治り、髪の成長も順調であった。この頃は人にセルフカットの素晴らしさを吹聴していた時期でもあったな。そしてそれからまた2ヵ月が過ぎ、不自然さが隠せなくなってくる。セルフカットは長持ちしないのである。また後ろの髪は手探りでしか切れないので結構ボサボサである。そろそろ切ろうかという時、ひとつの欲望が僕の中に芽生えた。「今度はもっとうまく切りたい!」同時にとある責任転換思想が僕に芽生える。「セルフがうまくいかないのは、技術ではなく道具のせいだ」その足で僕は某店に行き、ハサミを物色した。どうしても良いモノが欲しくなるのが人情、僕が欲しかったのはすきバサミである。お値段12000円。「ちょっと高いが美容院代を考えたら・・・」ちょうど給料日であった。さらに隣においてあった皮製のハサミホルダーも欲しくなる。これで再び泥沼である。しかし僕はここで踏みとどまった。人類はやはり学んだのであった。「まてよ、12000円あれば、美容院に4回くらいいけるんじゃ・・・?」そしてその二日後、僕は見事?昔行ってた美容院に凱旋したのであった。 |
| まとめ |
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実に危なかった。あのまま12000円のすきバサミを買っていれば行けば、確実に普通のハサミやホルダーも欲しくなっていただろう。30000円は使うと思う。これなら美容院一年分以上の計算。一年以内にセルフをやめてしまえば、損をする計算になる。セルフの場合さらに掃除が面倒だったり、風邪をひいたり、下水が詰まったり、まず切るのがめんどくさい上に時間がかかるのだ。12000円のハサミを所有するのも魅力だが、美容院で使うハサミは7万円もする。そっちで切ってもらったほうがよっぽど魅力的じゃないか。なにより髪型のことで一喜一憂する日々をおくるのは精神衛生上よろしくないようだ。またハサミぐらいで済めばいいが、こりすぎて店をオープンしてしまったりするとさらに数千万の大損だ。可能性は低いが。 美容院のやわらかな空気に包まれ、僕は思う。「こっちのほうがいいわ。餅は餅屋に・・・。」(おわり) |
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