良いお年を。
(2005.12.31)
旅行写真の掲載がなんとか年内に間に合いました。掲載枚数はモルトケ+ソラ区+キッチュ併せて78枚で、撮影は500枚中なので少し多すぎる気もしますが、どうにも気になる写真が多くて掲載が増えてしまいました。また本当はなんらかのテーマを設定して掲載する予定でしたが、うまくいかずに単なる国別スナップ集みたいになってしまいました。単純な観光写真みたいなのは極力排除したつもりです。 * 写真の補正に10時間くらいかかりました。これは訳があり、今回ネガをDPE店でフジカラーCDにしたのですが、このCDのデータが滅茶苦茶なのです。一言でいえば、異常に白っぽいです。撮影時に露出を失敗したのなら白くても自分のせいですが、露出は適性なのにCDにするときにトーンが勝手に持ち上げられているのです。コントラストも強調しすぎなので、一見白トビしてるように見えますが、ヒストグラムを見るとハイライト部も階調がしっかりと残ってました。 そこで今回はPhotoshopでガンマを適正露出程度まで下げた後、コントラスト緩和のため、トーンカーブを適宜切り直しました。保存直前まで一貫してLabカラー16bitで行った上、アンシャープ時も輝度信号と色差信号を分離して行ったので、画質の劣化も最小限になったと思うし、作業をアクション登録して半自動化したので10時間程度で済みましたが、一般的なソフトだったらたぶん3倍位時間がかかる上、きたない写真になったことでしょう。Photoshopのパワー実感しました。 * それにしてもフジカラーCDは酷いです。白い理由を自分なりに推測してみると、二種類あって、 (1) お店プリントとPCモニターのガンマが違うので、全ての写真が原則的に白くなるのではないか。(フジカラーCDのデータは、お店のプリント機用の出力の再利用) (2) 「空をキレイに、人はシルエットだけに」のように、わざとアンダーに撮った写真なのに、人に合わせて大幅にトーンが持ち上げられている場合。これをやられると色バランスまで狂ってしまい、もはやPhotoshopでも修復不可能。今回もこれが何枚かありました。(というかこれはフジカラーCDのみならず、機械がお節介な調整をする自動ネガプリントの宿命ですが。) * まあ所詮ネガですし、フジカラーCDは500円程度ですから、あまり期待しすぎる方も悪いのですが。ネガって自分で手焼きするなら別ですが、普通に使うならデジカメの方が全然まともですね。
一期一会
(2005.12.29)
フィレンツェで教えてもらった日吉のラーメン屋に行ってきた。ヨーロッパでは食事がいまいちだったこともあって、非常においしく感じた。そのおいしさをイノシン酸とグルタミン酸の協奏だと言ってしまえば、実はハムチーズサンドさえもそれに該当してしまうわけだが、日本のラーメンのそれは、より複雑に昇華された味の複合体で、やはり日本の食事はおいしいのだ、と月並みなことを思った。 * 閑話休題 * 旅行で会った人で印象に残ったのは2名。 (1) アムスの駅前で会った、元ニューヨークで画家崩れ現在オランダで何してるの?なオジサン。ロシア帽かぶってました。911以降のアメリカの変化について長々と話してきた。当然右手にはマリファナ。寒いし、少しウザくなってきたので、「つまり君の生まれたアメリカという国はもはや存在しないってことかな?」とこっちから適当に結論っぽい言葉を投げかけてみたら、「そんな言葉をまさか自分以外の人間から聞けるとは思ってもみなかった!」となんだか感動された。でも嫌いじゃないなぁ、こういう人。写真撮らせてもらえば良かったな。 (2) ボローニャからフィレンツェ行きの電車で乗り合わせたイラン人。彼がいなければ降り過ごすところでした。とても親切な人でインテリさん。都市工学家だとか。好きです、第三世界のインテリさん。頭が良いのに冷たくなく、たいてい東洋人にも好意的で。同じイラン人でも、ひと昔前に上野で偽造テレカを売ってた奴らとは違う。ヒゲじゃないし。でも28歳にしては中学生みたいに「イタリア語で乾杯のことをチンチンって言うんだぜ」と言ってはニヤニヤしていた。ロンドン留学中に覚えたらしい。まったくろくなこと教えないな、日本人留学生ってば。メアド交換しといたので、いつかイランに行く機会があったら泊めてもらおう。
いいから席に着け
(2005.12.28)
またもや旅行ネタになる。 飛行機の離着陸が好きという人と、嫌いという人はどちらが多いだろうか。ちなみに僕は好きな方である。特に着陸がすごく好きだ。着陸20分前くらいからの緊張感がたまらない。速度を落としつつ降下し、地上の家や道路が徐々に大きく見えてくるあの感じ。そしてフラップ(揚力を増し速度を落とすためのストレッチ翼)を伸ばす音と、大きくたわんで風を受けとめる主翼。ギアダウンの音。ファイナルアプローチに向けて急旋回。 そして僕が一番好きなのはパイロットの、 「Cabin Crew, take a seat.」のアナウンスである。その一言でボルテージは最高潮に達する。横風があってランディング直前までガタガタ揺れていると、怖い一方でなんだか妙に興奮する。機材的にはワイドボディのB44やB7は巨体だから揺れが少なくてつまらない。国際線でも中型機に乗る方がより楽しい旅行なのであった。
ひかりのくに
(2005.12.27)
成田に着くと、そこはまさに、ひかりのくにでした。すべてがとても明るいのです。イタリアはかんかん陽射しの日でも、今日の東京よりは絞りで3段か4段くらい暗かったことをいまさら実感し、なぜ欧州では市販フィルムの感度が100でなく200なのかを知りました。そしてそのまばゆいばかりのひかりの輝かしさゆえ、この温帯に属する極東の島では、すべての色彩が−とりわけ緑や黄色が−てかてかに輝いているのです。 写真、500枚強です。早速現像出してきました。
ローマの祝日
(2005.12.25)
明日には帰国予定なので、またローマに戻ってきた。昨夜はバチカンへ行った後、男二人ワイン(発泡)という世界最悪級のイブ。 そして今日は雨で何もできない。 傘さすのも面倒で、濡れながらまだ行ってなかったカラカラ大浴場に行ってみたが、クリスマス祭日で休みだった。カラカラ前で韓国人女性が4人で写真を撮っていた。一人が少しチェ・ジウ。なぜか韓国人は3人か4人で固まって旅行しているのをよく見る気が。カラカラ前交差点で衝突事故発生。ベンツとスマート。スマートはグシャグシャに。 * 昨日地下鉄A線で、手抜きジプシーをみた。子供二人だが、自分で演奏する気はさらさらないらしく、ヤマハの電子ピアノの自動演奏機能で『エリーゼのために』を鳴らしながら、金を貰ってまわっていた。いくらなんでも手抜きしすぎ。 * 雨の降る祝日だから街に人が歩いていなくて気づいたこと。栗の皮がいっぱい落ちている。よく広場でトルコ人が天津甘栗みたいのを焼いて売ってるけど、ホント街の至るところに皮が落ちている。
代々木系トスカーナ
(2005.12.23)
パリでブラジル人がトスカーナ地方をしきりにおすすめしていたので、ナポリ方面へ行く予定を変更して、フィレンツェにとどまって、シエナとボローニャに行ってきた。 * シエナは悪い町ではないし、確かに歴史的街並はそれなりのものだが、そのあまりに単調と思える牧歌的な、人もそぞろな風情に、正直僕は退屈してしまった。 * それに比べて、ボローニャは素晴らしい場所だった。シエナ同等の美観を維持しつつも、活気と喧騒とリアリティのある街だ。街自体、アーチ状のファサードと電飾で美しく、一方で黒人バッタ屋と現地娘が値段交渉していたりと活気もある。市場の盛んな所で、広場でバザールが開かれていた他、菓子露店や古本市などが充実していて、見ていて飽きることがない。 何より、街行く人が洒落ていてセンスよく、色づかいや小物のあしらいが上手いこと、加えて女子が可愛い。お洒落度が5倍、女子レベルが3倍で、5×3で総合評価はフィレンツェ比15倍といったところだ。(当社基準) そんな魅力ゆえ、僕のフイルムの使用量も1日3本と、東京の場合に比肩する程になった。 * 垢抜けた都会こそ、何かにつけ全力投球な感がなく、色々とハズシに走る傾向が濃厚だ。この街のランドマークは1390年に着工したものの完成しておらず今後も全く完成させる気のない脱力系ドゥオーモ。お決まりのステンドグラスもごく一部のみで、あとはただの擦りガラスで代用。ここの人は人形好きなのか、宗教風景を描いた粘土細工が内部に転がっているが、粘土羊の毛の小汚い感じがやけにリアルで、表現的にも解脱レベルが高いと思われる。 * さらにボローニャはなぜかアキバ系な匂いがする。中央広場の土産物屋からして絵葉書でなくメイド系のポスターを並べ、市庁舎前では今さらピカチュウの風船を売っている。帰り際に駅前にプラモの箱を持ってニヤニヤしている若者がいた。オタクイタリアーノだ。
イタリアで発見する六本木ヒルズ
(2005.12.22)
リアル嗜好の310000として、やはりフィレンツェ中心街のうそ臭さに堪えられなくなり、昨日の午後は市バスの一日券を買って、中心街を捨てフィレンツェ郊外へと向かった。観光用の地図にの外側に位置するあたりへ。 団地、ガススタンド、ポルノショップ、スーパーマーケット、人のいないバス停、アラブ人。とりたてて見るものは何もなかったが、少なくとも求めていたリアルさ、本当のフィレンツェ市民の生活臭がそこには確かに存在したと思う。 * そこで、改めてこの都市について思いを巡らせてみる。 フィレンツェ中心街って、なんだか六本木ヒルズみたいだ。歩いていける範囲に観光名所が集まっていて、リアル市民にとっては狂乱物価な営業をする食い物屋と土産物屋だけが集まる、テーマパーク化した街区。ここでは観光名所の中心に位置するドゥオーモはさしずめ森タワーといったところだろうか。目障りな位にカップルが多いのも類似する特徴。唯一の違いといえば、回転ドアがないことぐらいだ。 * こういう現象は、旧市街を観光地化している都市ではどこでも共通することで、チェコのプラハなどもその典型であると思う。 よく大手旅行代理店が、こういう類の都市を1〜2日づつ周遊するツアーを企画しているが、つまりは旧市街という予め囲い込まれたテーマパークから抜け出ることもなく、観光バスというブラックボックスで次の街へ輸送される姿は、はとバスで六本木ヒルズからお台場へと巡る旅行と、次元の点においてそんなに差はないのではないかと、そんなことを今日は考えざるを得なかった。
フィレンツェ
(2005.12.21)
いまいち、ここが好きになれない。なんというか、街にリアリティがない気がするのだ。バールやリストランテも、観光客の方を向いて商売している。やはり郊外の方へ行くべきなのかもしれない。きっとそこには普通のフィレンツェ人の生活があるはずだ。 昨日ローマで会った大阪人設計士も同じようなことを言っていた。ヴェネツィアについたとき「ヴェネツィアってなんか宮島みたいなぁ」と思ったらしい。そして、郊外の方は観光地観光地してなくていい感じらしい。あと、やっぱり姉歯偽装問題について。「圧力は感じることはあっても、法規違反まではさすがにしなかったのが業界の良心だった。設計業界にとってかなり衝撃的な出来事」らしい。 あと彼は大阪人らしく、酔った挙句に関西弁でそこらのイタリア人にカラミまくって、かなり迷惑がられてた。そこで一応その際には僕が傍らで「He is from Osaka!」とすかさずフォローして、東京はじめその他道府県人の免責をしておいた。
ピエトロ
(2005.12.18)
オランダはとても素敵な国でした。アムステルダム、レンブラントの『夜警』、市電、鐘の音、平和宮、デルフト、そしてフェルメールの描いた空の色。 焦りすぎて、4日のオランダ日程を2日で過ごしてしまい、残り2日で無理やりパリに行ってきました。パリ往復で乗ったタリスでは機内食まで出る至れり尽くせりぶり。飛行機のよりもぜんぜん美味しく、豪華です。 そして今はローマ。
東ハトへ愛をこめて
(2005.12.11)
暴君ハバネロのヒットにより、第四次(?)激辛ブームを全国に巻き起こし、その名をますます轟かせている菓子メーカーの東ハトについて、前から思うところがあった。なんで社名にハトなんて無関係な鳥の名前がついているのだろうか、という疑問だ。 一般的に、漢字一文字+カタカナという構成は旧社名の略称であることが多く、漢字が東の場合はたいてい東京か東洋か東邦である。例えば東レは東洋レーヨン、東リは東洋リノリユームといった具合である。この法則に従えば、ハトから始まる外来語なんてハトロン(クラフト紙)くらいしか見当たらないので、東ハトは東京ハトロンとかなわけで、ハトロンなんてますます菓子メーカーとは関係なさそうで、なんだかもやもやとした気持ちを抱えたまま、月日は流れていったのだった。 最近ネット検索中に偶然、東ハトは以前は東鳩製菓という社名で、もっと前には東鳩東京製菓、さらに元々は鳩印東京製菓だったという情報に出会った。ハト印か。 * 結局、ハトはあのハトのことだったわけで、じゃあなんでハトなのかということなるわけだが、これも調べてみると、単純に創業者の小林茂義氏が「ハトが大好きだから」ということらしく、以来なんとなくこの小林さんと東ハトに親近感をおぼえて、僕は昔から好きだったキャラメルコーンにますますいとしさとせつなさを感じることとなった。そこで、もし僕が理系に進んでいたとしたら、東ハトに研究職で入社して「キャラメルコーンのピーナッツが袋の底に集中するのを防止する研究」などに人生を捧げてみてもよかったな、と少し無理に思ってみた。
蝶の舞う島
(2005.12.08)
久しぶりに大学の時の友達が集まった。2年ぶりくらいに会った人もいた。みんなそれぞれの個性は相変わらずでも、口ぶりから感じる変化に僕はこの数年の月日の経過を感じざるを得なかった。 朝帰りだった。凍えるように寒くて、町も僕もブルブルふるえていた。帰り道はR嬢と二人だったので、上野駅でまだ暖房のろくにまわっていない始発の電車に乗り込み、コートの襟に首をすくめ、しばらくは最近読んだ本の話なんかをしていたのだが、そのうち真剣な内容の話に発展してしまった。 「あの頃って、絶対こんな話はしなかったよね。」 電車が発車して、僕の降りる駅に着くまでの10分間は、いつもよりもちょっとだけ比重の重い10分間だったかもしれない。 僕らは年をとってきたし、これからもとっていくのだろう。 そういうとなんだか陰湿に聞こえるが、それはそんなに悪いことではないと思う。 * そして今、体の節々が痛い。数年前の僕は、夜通し飲んでもここまで疲れを感じなかった。時間は確実に世界を、そして僕の肉体を蝕んでゆくのだった。
『茶の味』
(2005.12.05)
周りのいろんな人にすすめられたこの映画を見た。 時間の進行がとても遅い。1時間見ただけで、3時間くらいたったした気がした。映像は少し緑がかり、ストーリーは淡々としてゆったりとしたテンポ、それが『茶の味』ということなのだろうけど、このぬるぬると続く雰囲気は、緑茶ではなく、どちらかといえば昆布茶といった感じで、せっかく沸かしたのにやかんの底で湯ざましになってしまったお湯のような、あるいは塩分控えめで冷えきった病院食が、病室の窓辺の陽だまりで少しぬくくなったような印象を残しながら、僕はすっかり気の抜けた炭酸飲料を少しずつ舐めるようにこの映画を見たのであった。 この映画は、食事が本当にまずそうだ。イギリス映画以上かもしれない。それはフィルムの色味やテンポだけが原因ではないだろう。まず、この映画の登場人物からはあまり食欲が感じられない。食欲のない初夏の朝に、冷えた昨夜の残り飯にお茶をかけてサラサラと流し込むような、そんな食べ方なのだ。
中吊り広告で読む沿線文化人類学
(2005.12.02)
横浜に行っていた。帰りの電車は、本を読む気にもなれなかったので、中吊り広告を観察して過ごすことにした。地下鉄日比谷線は、その両端の中目黒と北千住でそれぞれ東急東横線と東武伊勢崎線に相互乗り入れしている。今日は横浜から東急の渋谷行きに乗り、中目黒で始発の日比谷線に乗り、わざわざ銀座で下車して東武車両に乗り換えた。首都圏では対極的なイメージで語られる東急と東武、都心を貫通する日比谷線、この3路線の持つ文化を今日は中吊り広告という側面から垣間見ていきたい。
東急に乗ってすぐ目に入る広告は、『グランべリーモール』等の郊外型SC、スタイリッシュな『キヤノンIXY』等の広告である。大学の広告も多く、「社会人学生募集」の告知も見られ、学科名も『ライフデザイン学科』などと横文字が目立つ。文化関係も豊富で、一瞥しただけでも『華麗なるマイセン(東京都庭園美術館)』や『スコットランド国立美術館展』が発見できた。若くハイカラでブンカ的な物が好きな中産階級的嗜好、というのが戦前からの東急の伝統色ではあるが、これは現在に至っても衰えていないように思えた。一方で東急沿線は高齢化の到来の早いこともあってか老人ホーム関係も多いが、「日立グループの老人ホーム」などと書かれ、大企業資本の匂いがするところが実に東急的である。名前も『らいふアシスト馬車道』と、そこに旧来の老人ホームの暗さがない。医療系の広告は少なく、『顎関節回復センター』の一箇所のみだった。学習塾は勢いのある『河合塾』、英会話はさわやかな印象がある『ベルリッツ』が優勢のようだ。 中目黒で日比谷線に乗り換えるとやや雰囲気が変わった。都心を通るからなのかビジネス色が強まり、逆にファミリーや老人向けの広告は少なくなった。『インテリジェンス』などの人材紹介や人材派遣、起業コンサルなどが増える。女性OLが多いせいか『DOMANI』や『うるおいパッククリーム』も幅をきかせている。学習塾は『早稲田塾』といった都会派が優勢、中学受験の『日能研』や『四谷大塚』も目立つ。都会ほど受験戦争は熾烈なのだ。英会話は新興勢力で実用的と名高い『GABA』、医療系は眼科が多い。オフィスワークは視力低下を招きやすいのだろう。また、ウイスキーや『いいちこ』といったイメージで売る広告が多いのも特徴的であった。以前はこれにタバコが加わったが、規制の関係で現在は皆無である。 銀座で東武車両に乗り換えるとまず目についたのは、ドアの鴨居付近を占領している負債関係である。サラ金は言うまでもなく、「債務を整理します」、「ローンクレジットでお困りの方は」といった弁護士事務所系の広告も目立つ。霊園をはじめ他界系も多く、「葬儀新時代宣言」などと謳い文句に凄みがある。東武伊勢崎線沿線は工業地域なのでパレットレンタルなども見られ、他にはゴルフ場や自動車教習所が目立つ。ここで先ほど東急で自動車教習所がドライビングスクールと書かれていたのが忘れられない。東急では『パール展』なる品の良い広告を見たが、東武で見たのははるかにギラギラして下卑た宝石商の広告だった。いかにも御徒町あたりにありそうな胡散臭さである。胡散臭いといえば、最近見なくなったが僕が高校生の頃は東武車両でよく和牛商法の中吊りを目にしたものだ。さて、学習塾は『大宮予備校』が主力であった。英会話は何かと悪い噂の多い『NOVA』が多い。『NOVA』はもともと都心に多かった気がするのだが、他社に押し出されるように郊外に向かっている印象がある。医療系は形成外科と肛門科、あるいは泌尿器科。 この文章はまとめずにこのまま終わらせた方がいいかもしれない。断っておくが、僕はこの文章には全くバイアスをかけていない。ありのままの姿を描いただけなのだ。
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